飛鳥 旬の経歴書
■ リバウンドまでの経緯
・1961年 大阪生まれ
15歳で母を亡くす。その後、偏った食事、不規則な生活習慣、極度な
ストレスを経験。この頃、首の周りに「痒み」を感じる。
皮膚科で診断の結果、初めて「アトピー性皮膚炎」という言葉を耳にする。
・大阪市内の高校に入学。
好きな野球に打ち込む一方、アトピー性皮膚炎は次第に悪化。
肉食中心で野菜は摂らず、炭酸飲料系と甘いモノが大好きだった。
医者から貰ったステロイドを塗ることで、そのうち治ると本気で信じていた。
・大学入学後、更に症状は悪化。
それでもステロイドでコントロールできた。
この頃、ステロイド中心のアトピー治療に疑問を感じはじめる。
・就職後、ストレスの為、アトピーの症状は更に悪化する。
この頃、「痒み」のために眠れない夜が続く。
本格的な治療を目指し、「病院ジプシー」をはじめる。
・25歳で結婚。
相変わらずステロイドによるコントロールが続く。
・大阪の八尾市に、アトピー性皮膚炎を根治させる病院が有ると聞いて訪問。
断食を中心に「少食療法」で実績を出していた。
衝撃だった。今までの疑問が一気に解けた気になる。
「これだ!」「間違いなく治る!」と確信する。
・「少食療法」を試みる。
しかしあまりの厳しさに耐え切れず、僅か3日で「少食療法」を断念。
「今回もダメだった・・・」 期待が大きかった分だけ、挫折感もピークに達する。
この時点では、誰が見ても「重症のアトピー患者」になっていた。
・28歳頃、症状が顔中に出る。
精神的に追い詰められ、 「アトピーに効く!」と言うモノを買い漁る日々が続く。
ある日、「ステロイドの毒を出せば治る!」と言う漢方薬局に出会う。
「一緒に頑張ろう!」と励まされ、一気にステロイド離脱を決行。
■ リバウンド後の経緯
・1ヵ月後、強烈なリバウンドを体験。
全身からリンパ液が流れ出し、まったく身動きが取れない。
「非常事態」に陥る。すべてを投げ出し京都のT病院に緊急入院。
・ここでの入院体験が、私のアトピー性皮膚炎克服の基礎になる。
当時の主治医(現在の理事長)は、まず私に開口一番、
「アトピー性皮膚炎は自分で治すもの」
「病院は総力を挙げてフォローする。」と説明。
他人依存型だった私の「アトピー感」が根底から変わった。
・1ヶ月の入院で、アトピーの症状は目を見張るほど改善。
その後、自宅療養期間を経て職場復帰。
ここから普通の生活をしながら、地道に「根治療法」を続ける。
その後1年、ステロイドを始めとする薬剤は一切使用せず完治。
・その後、サラリーマンを辞め、無農薬のコメ作りのため農業に従事。
自己の克服体験から、体系的なアトピー性皮膚炎克服の方法を模索。
1997年 サラリーマンに復帰。
・2003年1月、HPに「アトピー完治への道!」を公開。
同じく1月、「アトピーを段階的に改善させるワンポイント講座」を配信。
全国から問合せのメールが殺到する。
・同年10月、
メルマガ、「告白!体験者が明かすアトピー克服の鉄則!」を配信。
創刊号に6500名の読者が集まり、「まぐまぐ」の新着ランキング1位に。
・2005年6月
告白!体験者が明かす「アトピー克服の鉄則!」の読者が1万5千人を突破。
■ 現在
アトピー性皮膚炎は「お金を掛けずに、自分で治すのが基本!」をモットーに
「胃腸の健全化」を軸とした「実体験克服法」を紹介中。
「他人」や「モノ」に依存する気持ちを捨て、自分自身と正面から向き合い、
「自力で克服を目指す姿勢」の大切さを伝えています。
不安や困難に直面しても、私達の精神は想像以上に不屈ですね。
ホームページやメルマガを配信する中、私自身が読者の方から多くの事を
教えて頂いた気がします。
テクニック中心のアトピー治療には「落とし穴」がいっぱい。
アトピー性皮膚炎は自分で治せる。
現在、そんな風に感じています。
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